「介護、大変じゃない?」と聞かれるたびに、正直に答えられないでいた。
大変なのは、介護そのものだけじゃない。きょうだいに頼れない、という現実の方がずっとしんどかった。
妹は実家の近くに住んでいる。でも介護は、ほぼ私だけだった。
私には妹がいる。実家から車で数分のところに住んでいる。
でも、父と母の介護に関して、妹はほぼノータッチだった。
「なんで来ないの?」と聞けたら楽だったけど、それもできなかった。妹には妹なりの言い分があるとわかっていたから。
「私が思い通りにしている」という、すれ違い
妹が介護に関わらない理由のひとつに、「私が全部自分の思い通りにしている」という認識があるらしい。
でも私にはその感覚がない。思い通りにしたくてやっているんじゃなくて、誰もやらないからやっているだけだ。
任せようとしたこともあった。でも「忙しい」と言って動かない。結局、動ける人間がやるしかない。それが私だった。
介護の問題に、きょうだい間の感情的なすれ違いが重なる。これが一番しんどかった。
母の入院も、葬儀の手続きも、全部私だった
きょうだいへの不満の中で、一番残っているエピソードがある。
母が入院したとき、その手続きも支払いも、私がやった。介護認定の申請も、病院とのやり取りも、全部私。母の葬儀が終わったあとの手続きも、私。父の介護申請も、病院との調整も、私。
妹は「仕事が休めない」と言った。
私も休んでいたわけじゃない。フルタイムで働きながら、有給を削って動いていた。
なぜ自分だけがこんなに動いているんだろう、と何度も思った。でもその答えは、いまだに出ていない。
不公平だと感じることは、間違っていない
きょうだいへの不満を抱えながら、それでもずっと介護を続けてきた。
「不公平だ」と感じることを、言ってはいけない気がしていた。親のためにやっていることなんだから、きょうだいに文句を言うのは違う、と。
でも今は思う。不公平だと感じることは、間違っていない。
その気持ちをどこかで認めてあげないと、続けられない。怒りや悲しみも、介護をする人間が抱えていい感情だ。
おわりに
介護のきょうだい問題は、どの家庭でも起きている。「なんであなたはやらないの」「私は忙しい」「あなたが全部仕切っているから」——言い訳と言い訳がぶつかって、消耗していく。
私が今言えるのは、感じている不公平感を、自分で認めてあげてほしいということだけだ。
もしこの記事を読んで「私も同じだ」と思った人がいたら、それだけで伝わってよかったと思う。不公平だと感じながらも、今日も誰かの介護を続けている人へ。あなたは十分、頑張っている。


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