デイサービスから父が帰ってくると、バッグの中に手帳が入っている。
その日の血圧と体温。食事の量。それから、スタッフの方が書いてくださった一言。
「今日は〇〇さんと話が弾んでいらっしゃいました」「体操に積極的に参加されていました」
私の知らない父がそこにいる。
家族が見ていない時間を、誰かが見てくれている
介護をしていると、父がどこかに行って、自分のいないところで過ごしている時間が、少し怖く感じることがある。
ちゃんとできているだろうか。困っていないだろうか。何かあったとき、伝えられるだろうか。
連絡帳を開くのは、その不安を確かめる行為でもある。
今日も誰かがちゃんと父を見てくれていた。それが文字になって、手元に届く。
それだけで、少し息ができる気がする。
保育園の連絡帳に似ている、と思った
読んでいて気づいたのは、この手帳が保育園の連絡帳にとてもよく似ているということだ。
体温と食事と、今日の様子。「よく笑っていました」「少し眠そうでした」。
誰かの目が、ちゃんと父に向いている。それだけのことが、こんなに安心するとは思っていなかった。
こんなに丁寧に記録してもらえることが、ありがたかった。
3冊目から、自分で用意することになった
連絡帳が2冊を使い切ったころ、3冊目からはご家族でと連絡が来た。
文具店で手帳を選んで、表紙に父の名前を書いた。大きく、はっきりと。
名前を書きながら、思ったこと
子どもの持ち物に名前を書くように、父の持ち物に名前を書いている。
人は年を重ねると、だんだん小さいころに戻っていくのかもしれない。
親の老いに向き合うとき、私たちはいつの間にか立場が逆転していく。それは悲しいことでもあるけれど、ずっと続いてきた関係が形を変えているだけなのかもしれない。
連絡帳を手渡すとき、父は特に何も言わない。でも、バッグから取り出してくれるときの手つきが、なんとなく誇らしそうに見える。
気のせいかもしれない。でも、そう見えた。
夢子


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