うちには、知的障害のある弟がいる。
だから私は、障害のある人が社会の中でどんな場面に置かれやすいか、少し肌感覚で知っている気がしている。
声を上げにくいこと。伝わらないもどかしさ。理解されないまま責められること。
そういうことが、日常のあちこちにある。
職場で起きていたこと
職場に、耳の聞こえにくい同僚がいる。障害者雇用で働いていて、真面目な人。
ある日、彼女がデータを消したと決めつけられ、貶められた。本人には身に覚えがなかったが、「あなたが触った後、誰も触っていない」という理由で責任を取らされそうになった。
彼女は耳が聞こえにくい。その場で素早く反論することが難しい。言い返せないまま、その日が終わった。
家族として見てきたことと、重なった
弟は言葉でうまく伝えられないことがある。誤解されても、その場でうまく説明できないことがある。
職場の彼女の話を聞きながら、弟のことが頭をよぎった。
「伝わらない」と「聞こえない」は違う。でも、どちらも、その人の意図や事実が正確に届かないまま話が進んでしまうという点では、似ている。
そして多くの場合、不利な立場に置かれるのは、声を上げにくい方。
障害者雇用の現場で、まだ足りていないこと
障害者雇用が進んでいると言われても、現場では「雇っている」だけで止まっていることが多いと感じる。
コミュニケーションの工夫、誤解が生まれたときのフォロー、当事者が声を上げやすい環境。そういうものがないまま、ただそこにいるだけ、という状態になっていないだろうか。
弟を見てきた分、そのことが気になってしまう。
完璧な答えはないけれど
私にできることは限られている。彼女の相談に乗ること、話を聞くこと。それくらい。
それが正解かどうかも分からない。でも、弟がいるから、見てみぬふりができなかった。
彼女は、自分で答えを出した
この話には、続きがある。
あの件は、うやむやのまま終わった。正確に言えば、彼女の泣き寝入りだった。
その後、彼女が職場を辞めると聞いた。驚いた。あの件のあと、彼女は私に何も言ってこなくなっていたから。
LINEで聞いてみると、「仕方ない」と返ってきた。自分なりに色々考えて、決めたのだと。これは彼女なりの一歩だと思った。声を上げられなかった場所に居続けるのではなく、環境を変える方を選んだ。
私にできることは、何もなかった。それが現実だった。
声を上げられなくても、選ぶことはできる
彼女を見ていて思った。その場で言い返せなくても、泣き寝入りのままで終わるとは限らない。時間をかけて、自分で考えて、自分で決める。そういう形の一歩もある。
彼女にも、弟にも、私が代わりにやれることは実は少ない。話を聞いて、そばにいて、本人が決めるのを待つ。それしかない日の方が多い。
だからせめて、弟が自分で選べるように、困ったときに相談できるように、環境を整えてあげたい。
障害のある家族と暮らすことは、こんなふうに、日常のいろんな場面に影響している。
夢子


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