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要介護4で在宅介護は無理?うちは2年、働きながら看られた

要介護4でも、家で2年 在宅介護のリアル

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父は要介護4だった。その父を、家で2年看た。仕事は辞めていない。

「要介護4 在宅介護 無理」で調べると、出てくるのは「難しいので施設を検討しましょう」という記事ばかり。知りたかったのは、実際に家で看た人が何をどう回していたのかだったのに、それが見つからなかった。

だからうちのことを書こうと思う。父と、知的障害のある弟と、私の3人でどう回して、何を使って、どこで終わったのか。

うちは2年できた。たまたま3つが重なっていた

父を家で看たのは2年。そのあいだ、私は仕事を辞めずに済んだ。

父が脳梗塞になったのが2023年の11月。特養に移ったのが2025年の11月。その間の2年が、家で看た期間になる。

振り返ると、うちはたまたま運がよかっただけだと思う。3つのことが重なっていた。

父が歩けて、自分で食べられた

歩行器で家の中を移動できて、食事も自分で食べられた。だから、私が家にいない時間を作れた。

週6日通えて、泊まれる事業所があった

通いと泊まりを同じ場所でお願いできた。週6日の通いと、月に2〜3回の泊まり。

弟と二人だった

朝と夜は弟が見てくれた。日曜日は終日。私ひとりだったら、半年ももたなかったと思う。

この3つがそろっていたから、うちは無理じゃなかった。逆に言えば、どれかが欠けている家では、同じようにはいかないとも思う。

同じ要介護4でも、うちの父は歩けたし話せた

歩行器で家の中は歩けた

父は歩行器で家の中を移動できた。手すりを持って、私が横につけば、外階段も3段くらいなら上り下りできた。

その手すりも歩行器も、介護保険で借りたもの。8点借りて月3,502円だった話は「手すりは月3,502円。借りる・買う・工事するを全部やった」に書いた。

トイレは自分で行けた。おむつの上げ下ろしも自分でできる。私と弟がやっていたのは、おむつを替えることだけ。

自分で食べられて、頭もはっきりしていた

食事は自分で食べた。刻み食で、とろみをつけたもの。作って出せば、あとは自分で食べてくれた。

頭ははっきりしていた。日にちを忘れることはあったけれど、人の区別はつくし、デイであったことを私に教えてくれる。会話ができたことは、思っていたよりずっと大きかった。

できなかったのは、おむつ交換と入浴

替えるのは家族の役目だった。朝起きたとき、私が実家に着いてすぐ、ご飯のあと、寝る前。1日4回くらい。デイでは帰る前に替えてもらえた。

お風呂はデイで入れてもらった。家では、汚れたときにシャワーを浴びるくらい。体は自分で洗えたので、私は着替えを手伝った。

同じ要介護4でも、中身はこんなに違う

要介護4には、寝たきりの人もいる。同じ認定でも、うちの父は歩けて、食べられて、話ができた。

だから「要介護4だから在宅は無理」とは言えないし、「うちは2年できたから大丈夫」とも言えない。同じ数字でも、中身が違う。

退院が決まってから家に迎えるまでに何を準備したかは、「親が退院してくる。在宅介護の準備、私がやったこと」にまとめている。

2年続けられた理由は、小規模多機能と弟だった

週6日の通いと、月2〜3回の泊まりを1か所で

父が通っていたのは、小規模多機能型居宅介護という事業所。通いを中心に、泊まりと訪問を組み合わせられるところ(厚生労働省 介護サービス情報公表システム)。

うちは週6日通って、月に2〜3回泊まった。デイと泊まりを別々の事業所で探さずに済んだのが、いちばん助かったところ。

利用料は月額定額で、要介護4なら1割負担で月24,677円が目安。これに食費や泊まりの費用、おむつ代が別でかかる。

うちが実際に施設へ払っていたのは、月5〜6万円くらい。1割の利用料に、食事代と泊まりの費用を足した額。泊まりの料金は施設によって違う。おむつ代は、これとは別にかかった。

家に誰もいなくても、迎えに来てくれた

朝は9時半から10時ごろに迎えが来て、夕方4時過ぎに送ってきてくれた。

私はもう仕事に出ているので、迎えの時間に家には誰もいない。それでも連れて行ってくれた。日中を預かってもらえたから、私は仕事を辞めずに済んだ。

この形は、どこで探せばいいのか

うちは父が退院するときに、病院のソーシャルワーカーさんと決めた。入院中なら、ソーシャルワーカーさんに聞けば探してもらえる。すでにケアマネさんがいるなら、ケアマネさんに「小規模多機能を使いたい」と言えばいい。どちらもいなければ、市町村の地域包括支援センターが相談先になる。事業所そのものは、厚生労働省の介護サービス情報公表システムで市町村ごとに探せる。

先に知っておいたほうがいいことが3つある。

  • 地域密着型のサービスなので、原則としてその市町村に住んでいる人が対象になる
  • 使い始めると、デイサービスや訪問介護など他のサービスは基本的に併用できない(訪問看護・訪問リハビリ・居宅療養管理指導・福祉用具のレンタルは併用できる)。うちが手すりと歩行器を借りたまま使えていたのは、これに当たるから
  • ケアマネさんもその事業所の人に代わる。家の手すりをどこに付けるかも、私はデイのケアマネさんと相談した

細かい扱いは市町村で違うことがあるので、最後はケアマネさんか役所で確かめてほしい。

朝と夜を、弟と分けた

弟は朝ごはんの用意をしてくれた。前の日の夕食のお弁当をもう1つ取っておいて、それを朝にも食べる形。朝のおむつ交換と着替え、薬も弟。

寝る前のおむつ交換と着替えも弟の担当。日曜日は終日、弟が父を見てくれた。

私は朝5時に起きて、自分の支度をして7時前に実家に着く。家から実家まで車で40分ほど。後片付け、洗濯、干して、掃除。デイの用意は前の日のうちに済ませておく。それから出勤。

夕方は5時に会社を出て実家へ。夕飯はお弁当を頼んでいたので、それを出して、食べるのを見て、片付けて、薬。寝る準備をして、次の日のデイの用意。翌日の洋服とおむつを枕元に置いておく。弟が帰ってきたら私は自分の家に帰って、そこから自分のご飯と家のことをした。

それでも毎日はいっぱいいっぱいだった

洗濯が終わらない朝、遅刻ギリギリになった

朝のうちに洗濯が終わらなければ、昼休みに実家へ行って干した。会社から実家までは車で15分。

ベッドが汚れた日は、きれいにするのに時間がかかって、遅刻ギリギリで会社に駆け込んだこともある。

昼休みの昼寝でもたせていた

家に帰ってもすぐに朝が来る。いつも疲れていた。だから昼休みの昼寝が大事だった。あれがないと、午後がもたなかった。

父のことだけではなく、弟のことでも頭が痛いことがたくさんあって、毎日いっぱいいっぱい。それでもやるしかなかった。仕事の日にどんなことが起きていたかは「仕事が終わって実家に行ったら、父が床に座っていた。」にも書いている。

どうにも辛いときは、泊まりを増やしてもらった

しんどくなったら、泊まりに行ってもらう。特に土日に泊まってもらうと、弟も私もゆっくりできた。

どうにもならないときは、泊まりを増やしてもらうよう頼んだ。泊まりが調整弁になっていたから、2年もったんだと思う。

終わりは、父の状態ではなく家族の事情で来た

弟が仕事を続けられなくなった

弟は当時勤めていた会社でいじめに遭っていた。それまで手帳は取っていなかったけれど、このまま仕事を続けていくのは難しいと思って、役所に相談して療育手帳をもらった。

弟の障害基礎年金を私が申請したときのことは「障害基礎年金を姉が申請した話」に書いた。

父がいなくなった後、弟はどう生きるのか

そのとき考えたのは、父がいなくなった後の弟のこと。この子はこれからどうやって生きていくんだろうと思った。

私にできることには限界がある。それに弟はなぜか私に反発ばかりして、すぐ喧嘩になってしまう。このままだとお互い行き詰まる。

だから弟が一人でも生きていける形を先に作ることにした。家を出てグループホームで暮らして、自分で行政のサービスを使えるようになってほしい。仕事も、これからを考えて障害者枠で探せたらと思った。

今、弟は就労支援のA型で働いている。指導員さんとも繋がることができた。まだ実家に一人で住んでいるけれど、家の後始末やご近所付き合いを一人でやるのは難しいので、いずれはグループホームに移ってもらうのがいいと思っている。

父のことは私が見てもいいと思っていた。でも、いずれ私にも限界が来るのは目に見えていた。お互いに、自分のことを選ぶ時期に来ていたんだと思う。

父に我慢してもらうことになった

だから父には我慢してもらうことになった。そこは迷ったし、申し訳なく思っている。

家にいたい父を、私の都合で施設に移すことになった。それでも決めたのは私。

「無理ですか」と聞かれたら

やれるだけやったらいい。やらない選択も間違いじゃない

やれるだけやったらいいと思う。やってみないと、先がどうなるかは分からないから。

最初から家では看ないと決めるのも一つの道。やってみるのも一つの道。どちらを選んでも間違いじゃない。

ただ、自分が倒れたら父も倒れる

ただ、無理はしないほうがいいと思う。自分が倒れてしまったら、介護されている父も一緒に倒れてしまう。

うちには弟がいた。もし一人で看ているなら、うちのやり方はそのままは使えないと思う。それでも、泊まりを増やしてもらうことはできる。それでも足りなければ、施設という道がある。一人で全部背負ってしまう前に、使えるものから先に使ってほしい。

それと、デイの施設長さんやケアマネさんに、不安なことも大変なことも遠慮せずに相談したほうがいいと思う。私はその人たちに、そうしなさいと言われた。家族だけで抱えている前提で話が進まなくなる。

私も一度、限界のサインを見落としかけたことがある。そのときのことは「在宅介護の限界サイン|自分が倒れる前に知っておきたいこと」に書いた。

家で看るか施設かを決める前に

家で看るか施設に入れるかを比べようとしたとき、私は施設のほうの金額をまったく知らなかった。うちの父の特養は最終的に月10万円前後で、内訳は「特養の費用・料金は実際いくら?」にまとめている。ただ、これはうちの地域と父の段階での金額でしかない。

自分の地域にどんな施設がいくらであるのかを知らないままだと、そもそも家と施設を比べられない。今は【いい介護】のように、地域の老人ホームをまとめて調べて資料を取り寄せられるサイトもある。調べていて知った。

うちは看られた。父が歩けて、泊まれる場所があって、弟がいたから。

家で看ると決めた人も、施設を探すと決めた人も、どちらも自分の家のことをちゃんと考えた結果なんだと思う。この記事が、決める前の材料の一つになったら嬉しい。

この記事は、介護の流れの中の一場面です

うちが父の介護で通った順に、記事を並べ直したページがあります。今のご自分に近いところから読めます。

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